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人吉城跡について

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人吉城跡

人吉城は、1198年(建久9)地頭として相良長頼が入り、それ以降明治まで35代670年間相良氏がこの地を支配した。城として整備されたのは11代相良長続の時代1448年(文安5)ではないかとされる。その後18代頼房から20代長毎にかけて石垣普請を含めた大改修が行われ、御館と呼ばれる当主の居宅も設けられ、本丸・二の丸・堀・矢倉門が完成。また、日本三大急流の一つといわれる球磨川と、その支流の胸川を天然の堀とし、多くの船着き場を設け水運をうまく活用した。1862年(文久2)の火災によって人吉城と城下の大半が焼失したが、この火災を契機に武者返しをつけた西洋式石垣を導入し外塀も土塀に変わった。1872年(明治5)からの払い下げにより城は石垣を残すのみとなっていたが、1993年(平成5)櫓や塀が復元され、2005年(平成17)旧相良清兵衛屋敷内に開館した人吉城歴史館では、全国的に例のない井戸を備えた地下遺構も見ることができる。

般社団法人 相良氏歴史文化基金

〒862-0949 熊本県中央区国府1丁目7-20-501